母を見送った夜に

胸騒ぎがして、母の病院に向かった日。日曜日の午後4時頃。

前を走る車のナンバーが、母の誕生日でした。
病院の近くまで、ずっと前を走っていました。
早く母の元へ。
そう思っているのに、不思議と追い越そうとは思いませんでした。

「みえこ、来たよ」と言うと、微かに頷いて、それきりでした。
病院に着いて数時間後、母を見送りました。

色々なことを終えて、帰途に着く時。
私の前を走る車のナンバーは、やはり母の誕生日でした。
その車は、ほどなくして左折してしまったのですが、
すぐにまた、母の誕生日のナンバーの車が、私の前に入りました。
悲しいはずなのに、車中、ずっと暖かいものに包まれているような
とても不思議な気持ちでした。

その夜、私は、母の写真をデータ化し、母の写真集を作っていました。
何かせずにはいられなくて。

もうすぐ午前3時になろうかという頃、突然、マウスの動きが悪くなりました。
別のマウスに変えてみてもダメ。おかしいな。そう思いましたが、
なんとなく母が「もういい加減にしなさい!身体を壊すから!寝なさい!」
と怒っているような気がして、パソコンの電源を落としてベッドに入りました。
マウスの動きが悪かったのはその時だけで、それ以降は一度もありません。

そして、翌朝。
リビングのテレビが突然ついて、音楽が大音量で流れてきました。

別れることはつらいけど
仕方がないんだ君のため

急いで、スイッチをオフにしました。
頭の中で、続きを歌っていました。

別れに星影のワルツを歌おう
冷たい心じゃないんだよ
冷たい心じゃないんだよ

あ、と思いました。
「冷たい心じゃない」は、私と母の間にあるキーワードの1つなのです。

母は、ずっと私のそばにいてくれていたのではないかしら。
そんなふうに感じました。

車のナンバーも、マウスも、テレビも、その時限りで、以降はありません。
不思議なできごと。その不思議に、私の心は、とても、とても癒されました。

悲しくて悲しくてたまらないけれど、
それはとても暖かく、柔らかい悲しみなのです。

悲しみを暖かいものに変えてくれた母。
きっとこれは、母が、私にくれた最後の贈り物。
この贈り物がなかったら、私はきっと
母を助けられなかった後悔と罪悪感に苛まれていたでしょう。

いつかきっと、また母に会える。
だからそれまで、一生懸命、生きる。母のように。

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