悲しかったのではなく

最近、食後の洗い物タイムが楽しくて仕方がありません。
実は、なんとなく夫に言ってみたのです。
「洗い物、手伝ってくれる?」と。
すると、拍子抜けするほどあっさり「うん」と。

考えてみたら、子どもを授かる前はいつもこうでした。
二人で洗い物をしながら、本当によくおしゃべりをしていました。

それが、息子が生まれた頃から夫は激務になり、私も忙しさは変わらず。
疲れた夫に家事は頼めない、そんな思いから「手伝って」が言えなくなり、
でも私だって忙しいのにという思いから、なんで私ばかりと、
不満を溜めに溜め続けていました。

…いえ、溜めていたのは、寂しさだったのかもしれません。

私はただただ、夫と一緒に何かをして、
夫の話す声や、笑い声を聴きたかったのです。

一緒に洗い物をするのは週末だけです。
平日はこれまで同様、家事はすべて私一人。
でも、その週末のひとときがあるだけで、私は充分。
平日の家事も、とても楽しく感じます。

以前、母の日が悲しい、という記事を投稿しました。
悲しかったのではなく、寂しかったのですね。
そのことに、私はようやく気づけたのですね。

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