台所を綺麗に片付けた直後に

共感してくださる方、いらっしゃるでしょうか。
(あまり…いらっしゃらないですね、きっと…)

夕食を終え、食器も鍋もすべて綺麗に洗い終え、
シンクも磨き、水気も拭き取り、ピカピカになったその直後に、
家族がスナック菓子を食べるのに使った小皿が置かれた時の
例えようのない虚しさと脱力感、押し寄せる落胆、悲しみ。

たった今、洗い物が終わったところなの。
使ったもの、洗っておいてくれる?

とお願いしようと思うのですが、小皿1枚だしなぁ…と思うと、
つい黙って洗ってしまうことも多く、
結局、私の顔はムスッ。おもしろくない。

掃除は好きなんです。大好きなんです。
お片付けは大好き。趣味と言っても良いくらい。
過程が楽しいので苦にならないどころか、むしろ楽しい。

でも、台所仕事は好きではないのです。なぜか。
過程を楽しめない。だからなのか、達成感を求めてしまう。

でも、台所仕事に終わりはない。
達成感を得られることはないのです。

しかし、見方を変えれば、汚れた食器が出るということは、
家族が食べることを楽しんでいるということであり、
つまり、これはとても幸せなことのはずです。

でも、やはり綺麗に片付けた後に、
汚れた食器が来ると「ムスッ」としてしまう。

好きではない台所仕事、がんばって、努力して取り組んでいるので、
食器を置かれると、努力が無にされたような気持ちになるのでしょう。
そこにあるのは「努力は報われるべき」という理想。

これをどうにかしたいなあ。
ここで不機嫌にならない自分になりたいなあ。

そう考えていて、ふとひらめきました。
(と言っても、そんなに大したことではないのですが。)

洗い物をすべて終えて、台所がピカピカになっても、
「はぁ!終わった~!」と思わないようにしてみたらどうだろう。

終わった~!と思うから、
新たに汚れた食器が来ると虚しさに襲われてしまうのですから、
その都度、これも一連の流れの一過程だと思えば、
楽しくはないにしても、ムスッとする回数は激減するのではないか。

日常の些細なできごとに現れる私の思考の癖。
「努力は報われるべき」
これを見直して、ムスッを減らす。
人生は試行錯誤の連続。試してみます!この方法!

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