母の工夫(認知症の父と日々を過ごす)

父が、初期のアルツハイマー症と診断されて11年になります。

2004年、テレビを前に電話のかけ方を思い出そうとしている父を見て、難色を示す母を説得し、物忘れ外来へ連れて行きました。早めにアリセプトの服用を開始したことで、進行は緩やかだったと思います。おかげさまで、今、施設を利用することなく、穏やかに二人で暮らしています。

とは言っても、もちろん、平穏無事なはずがありません。この3年ほどは、話す言葉の意味が分からず、怒ることもあるようです。たとえば服を着たままお風呂に入ろうとする父に、思わず母が、「あら、お父さん、服を脱がないと!」と言うと、「もういい!風呂には入らない!」と怒り出します。父は、言葉の意味よりも、驚いたような声音に「怒られていると」と感じるようです。

以後、母は、父が何をしようと「ありがとう」「いいわよ」「こうしようか?」と優しい声音で話しかけ、うまく誘導するように工夫しています。それは、もう、とても考えられないほど、用心深く、忍耐強く、根気強く。が、それでも、つい「あら!」と反射的に言ってしまうこともあります。それを父から責められると、どうしてもつらくなることがあるそうです。

発症前は怒ることなど、まずなかった父です。病気(認知症)のせいとは言え、母にはどれほどつらいことか。先日は、腹を立てた父が、服を丸めて母に投げつけてきたそうです。つい母もそれに応戦し、服を丸めて投げたところ、父はもうすべてを忘れていて、服を丁寧にたたんで、「はい。服をたたんでおきましたよ」と言ったそうです。

「もう、キャッチボールもできないのよ。怒っても仕方がないの。怒るだけ損しちゃう」と笑っていました。

その「服キャッチボール事件」の後、母は、庭に花の種を蒔いたそうです。どうにも怒りが収まらない時、母は花の苗を植えるそうです。「今、花がたくさん咲いているわよ。怒った数だけ花が咲くの」と笑っていました。

実家に行くと、庭に綺麗な花がいくつも咲いています。風に吹かれて揺れる花びらが、まるで幼い女の子がクスクスと笑っているよう。でも、今はそれを見るのが、とてもつらく感じます。ただただ、つらく感じます。

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